How to

070203

Feb 03, 2007 08:26
0203.goaisatsu.m4v m4v形式
tibetronica videocast file #001
from Tokyo.

購入したてのハイビジョン・カメラで銀座からビデオメッセージを撮影しました。これはあくまでもテストなので、音声があまりクリアではありませんが、画質はかなりいけていますね。あと3日で出発です!

その後、昼と夜がつながったような生活を続けて、刻一刻と迫ってくる出発に備えている。今回はかなりの人数が協力する体制なので、一つのことを決めるのに全体のバランスを考える必要がアリ。

一例は、写真家・トシさんのルート。当初はクルー全体が一丸となってチベット自治区に入境・出境する予定だったけど、トシさんがその後、単独で南からネパールに向かい、国境の向こうに住むチベット族を撮影したいと申し出たので、そのための調整をもろもろ行うだけで何日かが費やされた。結果、トシさんは早めにチベットに入り、遅めに出て、陸路でネパールへと出国することに相成った。

理論上は、トシさんがまだ南アジア滞在中に、モーリーは一度日本を経由して今度はウイグル自治区に行くことになるので、その期間にスカイプなどを使って対話が出来れば、うれしい。だけど...無理だね。「無理だ」と言っておいて、一応チャレンジするつもりなのですが。

実務レベルのやりとりをこなすその隙間にモーリーは、相変わらずヨガと中国語を修練する日々。ラジオの仕事が重なったため、三日続けて穴が空いた。その後でヨガ・中国語に復帰すると、とたんに難度が上がっていたことを実感。これはとにかく「お経」のように毎日続けることでしか、効果がないらしい。

年末から「年末進行」が続いて、そろそろ一ヶ月。二週間が二ヶ月ぐらい前に感じられるほど目まぐるしい。日によっては食べ物の味も「しない」時がある。対応策としてトルコ料理やインド料理など、素材の味を大切にする料理を外食するように心がけ、ファストフードやコンビニエンス・フードは極力避けている。「味がしない」ことのある割には、ヨガによって食への感受性が上がっているようで、先日久しぶりに飲み屋で舞茸の天ぷらを食べたら、すぐに油に当たってしまったほど。半年前なら確実に平然と食べていた種類の料理だった。体重には現れなくても、内部で確実に変化が起こっているという気がする。

070114

Jan 14, 2007 01:39
070114.Tibetronica.mp3
tibetronica podcast file #002
from Tokyo.






少数民族的な音声を取り入れたミックスの第1バージョンです。

070105

Jan 05, 2007 11:33
061208.Tibetronica.mp3
tibetronica podcast file #001
from Tokyo.






『チベトロニカ』発ポッドキャストの第1回を公開します。チベットまで同行する写真家の相田トシさんにお話を聞きました。舞台公演中の女優・池田有希子さんも途中から合流しています。

070105

Jan 05, 2007 02:01

みなさん、あけましておめでとうございます!

いよいよ一ヶ月後にチベットへの出発が迫ってきました。
ヨガが毎日、大変です。いやー、大変だなあ!体が非常に遅々としたペースではあるが、ちょっと異変しています。そんな気がします。肩から首にかけて、および肩胛骨は「ヨガ初め」のクラスで相変わらず硬かったです。

中国語もちょくちょくと、しつこく染みこませています。言い訳ではありませんが、中国語はヨガよりも一桁早いぺーすで習得しています。中国語の先生によれば、5週間程度ですでに「1年分」をクリアしたとのことです。

なぜヨガでは「犬のポーズ」ひとつが満足にできないのに、中国語では水を得た魚の如く快適になれるのか?体がかつての受験勉強やドリルの要領を覚えていて、とっかかりとなる引き出しがビルト・インであるのかも。加えて、子供の頃から英語と日本語をバランスさせる努力を惜しまずに来たので、言語空間における平衡感覚・いわば言葉の「運動神経」がバネを持っているのかもしれません。

ヨガを体で学習するペースがあまりに遅いときは、リュックサックに入れた中国語の教科書を出して自信を回復するように書き取りをしています。


追って刻々と変貌していく心象風景をドキュメントするつもりです。ご注目ください!

061210

Dec 10, 2006 07:57

体の中の配線替えは、実に遅くやってくる。才能の有無も関係しているだろうが、ITや頭脳労働に明け暮れた後に肉体の表現へとスイッチオーバーすると、これまで見向きもしなかった問題が体内に蓄積していたことを目の当たりにする。姿勢や筋肉のバランスは、一人の人間の中で全体が一体となって保たれているので、一カ所だけを変更することはできない。ダウンワード・ドッグ・ポーズと呼ばれる「犬のポーズ」を何度となく繰り返す内に、その簡単な真実がいやというほどわかった。いやだ。しかし、そこを徐々に通り越すと何かいいことがあるのではないか、と期待しながら継続している。

犬のポーズは下向きに四つんばいで手足を伸ばし、ちょうど犬があくびをしているかのように背骨を斜め上へと突き上げるポーズ。うまくできると、横から見て体が「へ」の字となるかっこうだ。本物の犬があくびをすると、誰から教わってもいないのに完璧に出来る。ところが人間だと、どこかに必ず伸びない場所があり、その体の箇所で形がいびつになる。背中が丸まる場合や、膝が中途半端に曲がる場合など、人によって様々なひずみ方をする。

ヨガを始めた初日は、膝の裏や肩胛骨まわりの筋肉がそれぞれ柔らかくなれば「犬」が出来るようになると勘ぐっていた。だがその後五回、六回とレッスンを重ねるにつれ、そういった「リニア=直線的」な解法が通用しない可能性が強まっている。

背中の筋肉は、少なくとも自分の背中の筋肉は、いくつものセクションがお互いに連携してバランスを保っている。いや、正直に言うと今初めて、自分の背中の筋肉がお互いに連携していることが判明したのだ。というのは、肩胛骨の筋肉は上方では首の筋肉につながり、下方では背筋に連結している。肩胛骨に特に硬さが見られるのだが、この硬さから来る独特のアンバランスを首の筋肉も、背中・腰回りの筋肉も補完していた。だから一カ所を「柔らかく」することでは答えにならない。

まんべんなく首の付け根から膝裏・ふくらはぎまでを一続きの筋肉群としてとらえ、そのバランスを作り出すことが必要なのである。自分の体が長い時間をかけて順応した結果が現状のバランスだから、そのバランスのあり方をより「高次元」な調和の取れたものへとシフトさせたい。そのためにはローカルな体の組織の一つ一つ、いや細胞の一つ一つに働きかけなくてはならないだろう。急な改革を行っても、痛みを内包したままで不自然なものとなる。外見がよく見えても、おそらくすぐに崩れて元のバランスか、よりいびつな「守りに入った体型」へとリバウンドしてしまうのではないだろうか。

ダウンワード・ドッグ・ポーズを繰り返しながら、ブッシュ大統領のイラクでの失策をなぜか思い出している。
「中東にはデモクラシーが無い。だから悪の枢軸を取り除き、そこにアメリカが入って地域の住民を解放すれば、あとはうまく行く。」
おそらくこういった考えで入ったのだろう。あるいは何も考えずに自国の都合で侵攻したのだろう。その読みは甘かった。

実際にアメリカがイラクを占領して初めてわかったのは、倒したサダム・フセインの政権が少なくとも三つのグループを束ねて一枚岩に安定させていたということだった。外からはサダムの独裁国家に見えたが、ふたを開けてみると、中には利害の衝突しがちな三つの小国が入っていた。占領後は三つのグループが衝突を繰り返し、混乱がきわまるばかり。目下、アメリカには混乱を尻目に名誉ある撤退をすることが魅力的なオプションとなってきている。アメリカが撤退した場合の「後始末」も厄介だ。三つの地域の相互依存と協調を模索する以外に道はない。アメリカ政権の「こうすれば、次にこうなる」というリニアな論法が祟った事例である。

幸い、自分の体はアメリカ占領下のイラクよりはうまく行きそうだ。しかし、イラク同様にノンリニアな「系=システム」ではある。バランスの悪い肩胛骨まわりの筋肉群を、首の筋肉、背中・腰の筋肉がかばうように変形しているからこそ、犬のポーズが痛くなるのだ。肩胛骨を仮にサダム・フセインの出身地テイクリートだとしてそこにある凝りを解消しても、首の筋肉にあたるクルド人地帯、背中・腰まわりのシーア派地帯に残ったしこりを一緒にケアしなくてはならない。何よりも異教徒による支配ではなく、相手のためにそこにいるのだということを上手に広報して、信頼を勝ち取ることが本質的だ。さらに腰から下に膨大に広がった脚の筋肉群、つまり隣国イランをなだめないと長期的にまずいことになるだろう。

調和の取れたフェアネスを実現するには、体の裏側にある筋肉群が全体に一つの調和した「連邦」となれるよう、重力に対する負担を均等に再分配しなくてはならない。全体のバランス、ローカルなバランスを絶えず同時進行させるという視点が求められる。

それは言い方を変えれば、細胞の一個一個に対して「ドブ板営業」をかける意気込みだ。鈴木宗男議員がカムバックした背景にも思いをはせた。有権者一人一人の顔と名前を覚えているからこそ、逆風の中で議員に返り咲くことが可能だったのではないか?「鈴木宗男スピリット」を学べば、ダウンワード・ドッグ・ポーズも徐々に完成するだろう。細胞一つ一つが、選挙区の一軒一軒に対応する。
「どうかよろしくお願いします」
と訪問を重ねるうちに、それぞれのコミュニティーの中で
「鈴木先生がああ言っているのだから」
と、理屈を越えて投票したくなるムードが漂い始める。そこが臨界点だ。自分の細胞群にも毎日のように説得を続けて、
「モーリーさんがああ言っているのだから」
と「投票ムード」を作り出して行きたい。いったん投票させてしまえば、過去は清算されてチャラになる。体の方も、新しいバランス・ポイントで定着できる。

こうしてヨガを論評することで、苦痛を忘れるためのメンタルな逃避にもなっている。「痛い一歩手前で止めてこそ、ヨガは上達します」とインストラクター達は言うが、おそらくきれいごとだと思う。

061201

Dec 01, 2006 10:57

ウェブサイト「Tibetronica=チベトロニカ」を開設しました。みなさん、初めまして!モーリー・ロバートソンと申します。これからよろしくお願いします。

今回ポラロイド社からの協賛を得て、チベットまで行ってくることになりました。このサイトでは、チベット旅行の準備段階から、旅から生まれる作品の完成までをリアルタイム(実時間)の中でお見せします。

この「Tibetronica」は時間軸上の旅でもあります。ゼロの状態から徐々に創作を進めて行き、さまざまな実験と研究を行った後で、最終的な完成品(あるいは未完成品)が出現するまでの全過程に触れられるようにするのが、今回の狙いです。「チベット」で連想される紋切り型のイメージや意味合いにとらわれず、一個人としてチベットに向かって行くと、何が起こるのか?というアングルから実験を進めていきます。

準備段階として「内なるチベット」に旅しようと思います。自分の中に秘境があるのならば、まずそれを探し当てたいのです。

「人間の心と体の中には神秘的な力が宿る」という指摘は度々なされてきました。しかし、その人間の潜在力の一つを極端な形で結集した西洋科学が、私たち先進国に住む者の生活を快適で、かつ退屈なものへと作り替えてしまったことも事実です。皮肉なことですが、便利さの中に興奮や意外さ、躍動感を見いだすことは、だんだんと難しくなっていくようなのです。気が付けば、体も心もほとんど動かず、一日のほとんどをパソコンやテレビの画面に向かっていた…ということはないでしょうか?

インターネットの普及したここ10年ほどで、本当に目まぐるしい技術革新がもたらされ、ついて行くだけでも長時間パソコンに向かっていなくてはならないことも確かです。ですが今一度、ITの本当の力を試すべく、チベットという秘境にITを向けようと思います。

ぼくの自己紹介を手短に申します。もともとはミュージシャンですが、幼い頃からアメリカと日本を往ったり来たりした関係で、英語と日本語の両方で話したり考えたりしています。ラジオのパーソナリティーの仕事が広く認知されていますが、ここ1年はマスメディアの枠を外れたポッドキャスト活動でもリスナー層を広めてきました。

実験的な音楽を好み、自分でこれまで聴いたことの無いような音階や、調律そのものを離れた「音」を探し続けています。「実験的な音楽」というよりも「音楽による実験」と言った方が、自分の方法論に近いでしょう。1980年代からこのスタイルを貫いてきました。

ですが、一つのスタイルに沿って開発を続けてきた結果、自分の表現の幅が最近になって固定されてきたようにも感じています。たとえほんの一部の人間にしか受け止められない難解な作品群を作っていたとしても、アーチストが一定のルールの中から出てこなくなると、妙に大人びた安心感がつきまとうようになります。どこか淀んだような、止まったような「わかりやすさ」が生じた時に限って、にわかに受け入れられたりもするのです。世の中に認められることは大事ですが、その過程でアーチストが「慣れ」や「なれ合い」で地位を獲得するようになると、そのアーチストは一気に衰弱していくものだと思います。ちょうど便利な生活が体の筋肉を萎縮させたり、想像力を狭めたりするのと同じように。

そこで今回はまず、自分の中に「チベット」を探そう、と思い立ちました。自分の中のどこかにあるに違いない秘境。しかし、自分を自分に対して演じるのが上手になってしまったせいで、なかなか変わろうと思う心が続きません。本当の力を出さなくてもうまく行く日常生活に順応してしまっています。「秘境には行かなくてもいい」と言い返してくる深層心理の慢心を突破する必要があります。

この旅の第1歩として、内なる「配線替え=Rewiring」が必要だと感じています。それはどういうことか?これまでにいつしか同じ行動パターンの繰り返しとなっていた日常生活に、未知の刺激を持ち込もうと思います。自分の得意分野を故意に脱出して、「うまく行かない」分野にチャレンジし、体内の神経系や心理の構造に異変をもたらそうと思います。変身です。

パソコンの進化に付き合ってきたこの15年間を振り返ると、一番おざなりにしてきたのは自分の体であると言い切れます。ITや科学技術は身体機能をどんどんと延長していってくれます。最後は家から一歩も出なくてもホログラムなどを使って遠くの様子をすべて立体視したり、リモコンで遠くにある、人間より力の強いロボットを動かすことも出来るようになるでしょう。でも、その便利さに溺れてしまうと、気が付かない間に心と体が分解していってしまうような直感が働いています。与えられた様々なおもちゃを、それらが「メカニカルな権力」であるかのように振り回すことに夢中になるあまり、最後は自分の力で自分の体を動かせなくなる危険性すらあるでしょう。あるいは自分でものを考える力すら無くなっていくかも。

ITの通用しない行為にチャレンジしなくてはなりません。内なる秘境に入っていくための絶好の「パソコンではないツール」、それがヨガです。ヨガを始めました。

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